御由緒

宝亀5年8月宇和郡司が、大山祇神杜の御分霊を勧請して創立しました。保内郷の総鎮守として崇敬篤く、応仁の頃には高森城主が特に尊崇して摂杜九杜、末杜七五杜を付属せしめ、神領を寄進して別当を置きました。その後、藤堂、伊達等代々の領主の崇敬篤く、明治6年4月郷杜に、昭和8年県杜に列格しました。
勧請当時、このあたりは入海となっており、社地は中島のようであり、その形が船形であったことから船跡森 三島神社と呼ばれるようになったと伝えられています。

御祭神
御配神

御祭神

大山祇命(おおやまつみのみこと)

三島神社の御祭神は大山祇命(おおやまつみのみこと)です。
「やまつみ」とは「山を持ち坐(いま)す」という意味を表しており、大山祇命は山の神様です。また、大山祇命は「山の神」であると同時に、「伊予国風土記」にまたの名を「和多志大神(わたしのおおかみ)」ともいうこともあり「わた」は海の古語であることから、「航海・交通の神」すなわち、「海の神」でもあります。
三島神社の総本社は愛媛県越智郡大三島町にある「大山祇命社」です。瀬戸内海にある芸予諸島の中心に位置する大三島にあって、大山祇命社の祭神、大山祇命は「三島大明神」と呼ばれおり、瀬戸内水軍の守護神として信仰され、多くの武将が武具甲冑などを奉納して、海上交通の安全、戦勝などを祈願しました。

御配神

大雷公命(おおいかづちのみこと)
高龗命(たかおかみのみこと)

宮中
神社

明治時代に合祀令が発令され、そのため、当神社内に各地区の神様を祀った宮中神社があります。

境内神社

  • 住吉神杜(三筒之男命)
  • 多賀神杜(伊邪那岐命)
  • 穴婆神杜(神直日神社二柱)
  • 生目八幡神杜(平景清霊神)
  • 大神神杜(大名拝命外一柱)
  • 倉稲魂神杜(大宜都比売命)
  • 金刀比羅神杜(大物主命外四柱)
  • 木蔭神杜(神守霊神)

鳥居の扁額「船跡森」

1856(安政3)年、宇和島藩 藩主 伊達宗紀(春山)より寄進されたものである。

力石

いつの頃なくなったのかは不明ですが、以前は境内に土俵があり、定期的に相撲大会が行われていたとか。その時に使われていたのか、境内に力石があります。ひとつには『36メ』と彫ってあり、グラム計算すると135kg。正確であるかどうかはわかりませんが、力自慢の男たちがこの力石を持ち上げている姿を想像することができます。

かわうそ

本殿を囲む端垣の上に「かわうそ」が2頭います。焼瓦でできていて、かわいらしい顔で参拝客を出迎えてくれいます。大正のはじめに、本殿が焼失していますので、その後再建された折につけられたものと思われます。水辺の生き物というところから防災・鎮火の願いを込めて設置されたのでしょう。今も社殿を火災から守る、頼もしくも可愛らしい存在です。

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